間違っていて良い

世の中は「絶対に正解」と言える事は一つもないと言っても過言では無い。

それでも、世の中には「正論」とされる考え方がある。

正論とは、ある一つを様々な角度から観察した場合、妥当だと思われる考え方だ。

では、世の中の全ての人が、全員この正論を語る世界こそが理想なのかと言うと、むしろそれは破滅的な状況だと思う。

確かに、ある程度年齢を重ねた人達の多くが、この正論と異なる考えを持っているのは問題ではあるけれど、10代のような若い世代が正論とは異なる考えを持っているというのは、社会にとって非常に健康的だと思う。

絶対的な正解が無く、これから世の中がどういう風に動いていくのか誰も分からない状況では、ある程度正論に票が集まりながらも、基本的に内容の良し悪しに関わらず、様々な意見や考え方が溢れている事がとても重要だ。

逆に、それが限りなく正論であっても、一点に意見が集中してしまうのは非常に危ない傾向だ。

とにかく、多種多様な考え方があり、それらがバランス良く世の中に分布していることが最も大切な事だと思う。

この街で皆、暮らしている

今の家には、気がつけばもう8年近く住んでいる。こんなに長居するつもりは無かった街だし、今だって大して愛着が無いというのが本音だけれど、多分居心地が悪くないという事なんだろう。

もし自分がこの街に住んでおらず、その状態でこの街を訪れたとしたら、「こんな街にも暮らしている人がたくさん居るんだろうな」と思うだろう。

そして、現実の自分はこんな街で8年も暮らしているわけで、

つまり、他の街でも、こんな感じでたくさんの人達がそれとなく何となく暮らしているんだと思う。

自分の暮らすマンションの隣は、小ぶりな一軒家が所狭しと立ち並んでいる。

この家で生まれた子供達は、当然この場所が生まれ故郷として記憶に深く刻み込まれるのだろう。

何の意味もないただの偶然なのか、それともこの出来事を運命と捕らえるのか、同じ街に住む身として、とても気になる所だ。

生きる

人が生きるという事、つまり人生というのは、大した意味も価値も無いと思う。

先に言っておくと、別に鬱になってるわけではなく、ひねくれてネガティブになっているわけでもない。

ただフラットな気持ちで公平な位置からの視点で言えば、やはり限りなく無意味で無価値だと思う。

こないだYouTubeで、車にひかれた野ウサギを捌いて食べる動画を見た。

腹部を切り裂くと、そこには様々な臓器が整理整頓されて並んでいた。

頭部は車にひかれた際に損傷していて、脳がはみ出していた。

多分、人間の腹を切り裂き、頭を割ったら、野ウサギよりは複雑かもしれないが、ざっくり似たような内容になっているに違いない。

そう考えると、野ウサギの生涯も人間の生涯も、大して違いが無いと思える。

人間の方が寿命が長いとか、頭が良いとかの違いはあるけれど、広い視野で両者を見れば、決定的な違いは無いと思う。

では、野ウサギの生涯とは何だろう。食って寝て、性行為をして、死なないように毎日を生きているが、全ての個体は最終的に「死」に行き着く生涯だ。

そんな生涯の中に、人間が言う意味だとか価値だとかはあるのだろうか。

人間が言う意味だとか価値だとかは、例えば何か、この世に存在すらしない概念を指しているように思う。

すごく分かりやすく言えば、この世で善行を積めば天国にいけるだとかも、ストレートに言えば幻でしかないと思う。

そうだったらいいなという圧倒的な希望的観測、そこにむかって盲目に突き進み、死の間際になって「これで天国に行けるんだ」と満足して死んでいく。

少なくとも言えるのは、こういった考え方が世の中に普及することは、人間社会の秩序を保つためには非常に都合の良い概念だと思う。

しかし、少なくとも私の場合は、そんな生き方はとてもじゃないが出来ない。そんな希望的観測に身を委ねるなんて、はっきり言ってバカらしく思う。

もっとフラットな視点で、今の自分の状態を観察し、その状況を見極めた上で満足のいく行動を選びたいと思う。

そうやって考えた時に、人生というのは、あまりに無意味で無価値だと思う。

では、無意味で無価値だから、今すぐ死んでしまった方が良いのかと言うと、それは非常にもったいない事だと思う。

なぜなら、人が生きる姿というのは、とても美しいからだ。

野ウサギの生涯だって、非常に美しい。

意味だとか価値だとかではなく、ただ懸命に生きようとするその姿は、言葉では表現しきれないほど、美しいものだと思う。

人間の生涯だってそうだ。愛する人を守ろうとして、生き延びようとするその姿は、何にも代え難い程に美しい。

私達は誰しもが、そんな美しい生命のひとつであり、誰しもが美しく気高い存在だと思う。

だから、毎日ただ懸命に生きること、ただそれだけで、人生というのは非常に充実した時間が過ごせると思う。

自然の神秘の塊であるこの地球で、のびのびと人間らしい一生を全うする事、その姿は大変に美しく、自分もそんな美しい生命の一つであることを自覚すれば、意味だとか価値なんか、どうでも良くなると思う。

とにかく私が思う事は、意味だとか価値だとかいう幻を追いかけようとするから、人間は自分の生き方を見失うのだと思う。

そんなつまらない幻想を追い求めるのではなく、家族を想うと温かくなるこの感情や、優れたアート作品を生み出した時の興奮だとか、この世に人間として生まれたからこそ体感できるこの感覚を、存分に楽しむ事の方がよっぽど有意義だと思う。

人生なんて意味も価値も無い。けれど、生きているだけで何だかよく分からないけどワクワクするし、面白い。ただそれだけで良い。

与えられたこの生命力や好奇心のまま命を燃やす、ただそれだけで良い。

小説

昨日は何の前触れも無く、小説のようなものを投稿してみた。

自分は、作詞に煮詰まると小説のようなものを書いてイメージを膨らませる場合がある。

昨日はそのペンの進みが良かったので、思い切って作品と呼べるくらいの文章量になるまで仕上げてみた。

作詞は言葉のリズムや響きを意識しないといけない分、色々と制約があって中々仕事が進まないが、小説はそれらを気にしなくて良い分、ズラズラと文字を起こせるから楽しい作業だ。

今後は読み手やBGMなんかもつけて、紙芝居的な動画コンテンツを作りたいなとボンヤリ考えている。

古い汽車のおもちゃ

彼女は小さな頃から内気だった

僕が小学校の中学年の頃、土曜日に友達と公園で遊んで家に帰ると、小学校の低学年だった彼女が家の前で座り込んで、植木の草を眺めていた。

「どうしたの?」と聞くと、「遊びに来たけど、居なかったから、待っていたの」と彼女は言った。

「僕の家はこれから夕ご飯なんだ」と言うと、彼女は寂しそうな顔をした。

このまま家に帰してしまうのも可哀そうだと思った僕は、母親に頼んで一緒に夕飯を食べようと提案した。

彼女は「少し一緒に遊んでくれたら帰るよ」と言ったけれど、こんな時間に誰かと一緒に遊んだ事が無かった僕は、すっかり気持ちが盛り上がっていて、彼女の手を引いて半ば強引に家の中へと連れて入った。

僕の母と彼女の母は仲が良かったし、彼女の家もたった2軒隣だったので、結局、彼女は今夜、僕の家に泊まる事になった。

すぐに彼女の母親が家に来て、「ちゃんと言う事を聞くのよ」と彼女に念をおした。

その後で僕にニコッと微笑んで、「うちの子を宜しくね」と言った

既に夕飯の準備が整っていたので、僕らは一緒に食事をした。

自分の家の食卓に、家族以外の誰かが座る事自体が初めての経験だったので、僕はとても楽しかった。

彼女は、家の食卓に必ず並ぶ、きゅうりの漬物が大変気に入ったようで、容器の半分をも食べきってしまった。

その後で僕らはお風呂に入った。

家のお風呂の使い方を教えたけど、いまいち理解出来ていないようだったので、僕は一緒にお風呂に入ろうと提案した。

彼女は「えっ、!」と驚いた後で、僕が嫌じゃなければいいよと言った。

僕は、いつもお父さんと遊んでいる水鉄砲で彼女と遊んだ。

彼女の家のお風呂にはおもちゃが無いらしく、お風呂での水遊びは大変盛り上がった。

あまりに盛り上がって1時間近くもお風呂に入っていたので、母親から声がかかり、僕らは風呂を出た。

彼女は、彼女の母親が持ってきた、猫の柄のパジャマに着替えた。

パジャマを着ている彼女を見るのも初めてだったし、こんな時間に家族以外の誰かが家に居る事も初めてだったので、僕はとても気持ちが盛り上がっていた。

僕もパジャマに着替えると、母が「いちごがあるから一緒に食べよう」と言った。

彼女はいちごが大好物だったし、母もそれを知っていた。

彼女はとても嬉しそうな顔で、いちごをパクパクと何個も食べた。

その後、母さんと父さんはリビングでテレビを見ていたので、僕たちは布団を敷く部屋で二人で遊んだ。

僕は、父さんのおじいちゃんの家からもらってきた、古い汽車のおもちゃを地面に広げた。

プラスチック製のレールを敷いて、電池駆動の汽車のスイッチを入れる。

汽車の車輪がモーター音を響かせて回った。

汽車をレールの上に乗せると、ガチャガチャとぎこちなく進んでいく。

そしてレールが途切れると、汽車は壁に向かって一直線に進み、壁にぶつかると地面に転がってモーター音を響かせた。

彼女は、その様子を、ただ傍観していた。

汽車のスイッチを入れてごらんと促しても、彼女は「私は大丈夫」と言って、汽車を地面に置き、手で車輪を転がして遊んでいた。

時計を見ると、もうすぐ11時だった。

僕たちは二人で歯を磨いて、寝る事にした。

いつもは布団を三枚敷いて寝ている部屋に、今日は四枚敷いて、僕と彼女は並んで寝る事になった。

僕は一日中遊んで疲れていたので、布団に入るなり、ウトウトとしていた。

ふっと彼女の方を見ると、布団の隙間から僕の事をジッと眺めていた。

「眠れないの?」と小声で聞くと、彼女は無言でコクリと頷いた。

僕は彼女の手を握って「一緒に寝よう」と言った。

彼女はまた、無言でコクリと頷いた。

朝になって目が覚めると、母さんと父さんは既に布団に居なかった。

彼女の布団の方を見ると、寝る前と同じように、また僕の方をジッと眺めていた。

僕が「眠れた?」と聞くと、小声で「うん」と言った。

リビングに行くと、朝食の準備が整っていた。

今朝の朝食は、いつもの納豆ご飯では無く、トーストや目玉焼きが色どり賑やかに並べられていた。

彼女はウトウトと眠たそうにしながら、トーストをかじっていた。

すると間もなくして、彼女の母親が家に来て同じ食卓に座った。

今まで僕も見たことが無いカップにホットコーヒーが注がれ、それを彼女の母親が上品に啜り始めた。

僕は彼女の母親に、昨晩の出来事を色々と話をした。

彼女の母親はニコニコとしながら、「遊んでもらって良かったね」と彼女に言った。

彼女は、無言でコクリと頷いた。

皿洗いを終えた僕の母親が、いつものカップを手に、食卓へ座った。

僕の母は、彼女の母親と暫く談笑した後で、わざとらしい笑顔を浮かべながら「大きくなったら家にお嫁さんに来て頂戴ね」と、彼女に向って言った。

彼女は、無言でコクリと頷いた後で、僕が嫌じゃなければいいよと言った。

僕は、僕もお嫁さんに来てほしいと言うと、彼女はとてもニコニコとしながら、2回、ウン、ウンと頷いた。

彼女が自宅へ帰って行った。

一人になった僕は、また汽車のおもちゃを地面に広げていた。

スイッチを入れると車輪が回りだし、それをレールの上へ置くと、昨日と同じようにガタガタと不安定に進んだ。

壁に当たって倒れこんだ汽車を、僕は眺めていた。

あれから数年の時間が流れた。

僕は中学生になって、野球部の練習で毎日忙しかった。

彼女とは、時々家の前で偶然顔を合わせる事があっても、昔みたいに一緒に遊ぶ事は自然と無くなっていった。

彼女は小学生の高学年だったので、何となくランドセルを背負った彼女と遊ぶことに、中学生の僕は抵抗があったし、何より幼馴染とは言え、異性と一緒に遊ぶことは何となく照れ臭かった。

たまに顔を合わせると、彼女は家の植木をぼんやりと眺めていた。

その視線の先には、小さな白い花が点々と咲いていた。

その花が好きなのかと僕が尋ねると、彼女は小声で「うん」と言った。

それから更に時間が流れ、僕は大学生になっていた。

ある日、バイトから帰ると母親が深刻な顔をして僕に話しかけてきた。

彼女の父親が亡くなったらしい。

2ヵ月くらい前から体調が悪く入院していたと聞いていたが、まさか亡くなるとは思わなかった。

翌日の夕方、僕は両親と一緒に彼女の家へ行き、お通夜に出席した。

幼い頃に彼女と遊んだ、彼女の家のリビングに懐かしさを感じたが、そのリビングの端に置かれた大きな棺桶と遺影は、その見慣れない違和感も相まって、とても不気味な光景のように思えた。

彼女は高校の制服を着て、リビングの片隅に立っていた。

お父さんは残念だったねと声をかけると、彼女は黙って頷いた。

それから通夜が終わるまで、僕たちは無言で肩を並べていた。

出来れば彼女を慰める言葉をかけたかったのだけれど、あれこれ悩んでみても一向に言葉が浮かばず、ただ僕は隣で黙っているだけだった。

お経を唱え終えたお坊さんが帰り、大人たちが片付けをして、今日のお通夜が終わった。

親戚の人達がゾロゾロと帰っていくのを、僕と彼女は相変わらず肩を並べて眺めていた。

彼女の母親が、親戚達を駅まで送ると言って、玄関で靴を履いていた。

彼女の母親は、僕の顔を見るなり「うちの子を少しの間見ていて欲しいんだけど、お願い出来るかな?」と言った。

僕は少し微笑んで、「分かりました」と返事をした。

すっかり寂しくなったリビングで、僕と彼女は二人きりでソファーに座っていた。

相変わらずかける言葉も見当たらず、ただ地面を眺めてうなだれていた。

僕は、自分の両親がもしも死んでしまったらと、想像していた。

両親と過ごした懐かしい記憶が次々に脳裏を過る。

そして、それらは両親の死をもって、新しい記憶が更新されなくなるのかと思うと、何だかとても不安な気持ちになり、泣きそうになった。

そして、今まさに彼女がその心境の中に居るのかと思うと、余計にかける言葉が見当たらなくなり、そんな自分の不甲斐なさも情けなく思えてきて、涙が出てきた。

僕は彼女にばれないように、スーツの袖で涙を拭った。

彼女の方を見ると、彼女の目にも涙が浮かんでいるのが分かった。

僕は、震える声で、彼女に話しかけた。

「お父さん、まさか亡くなるとは思わなかったよ。」

それから、まだ後に続いて何か言葉をかけたかったのだけれど、涙で声が震えて、それ以上話をする事が出来なかった。

すると、彼女が小さく嗚咽しながら、泣き始めてしまった。

それを見た僕も、涙が止まらなかった。

今まで生きてきて、こんなに涙が出たことも、こんなに言葉が出なくなった事も初めての経験だった。

僕らはそれから何の会話もなく、二人で涙を流していた。

少しずつ気持ちが落ち着いてきた頃に、彼女の母親が帰ってきた。

僕の母親も一緒だった。

今夜は皆で夕食を食べようという事になり、僕の家の食卓で食事をとった。

彼女とは正反対に、彼女の母親は飄々としていた。

さっきまでの僕と彼女の空気とは全く異なり、食卓はそれなりに賑やかだった。

会話が途切れ、少しの沈黙の後で、彼女の母が話しをし始めた。

「まさか旦那もねー、こんな年で死んじゃうなんて、さすがに想像出来なかったよねー。この子もまだ高校生だっていうのにさー、せめて20歳になるぐらいまでは頑張って欲しかったけどねー、まあ、仕方ないけどね」

「幸い、人一倍保険は加入してたから、あの家のローンも多分もうほとんど支払う必要は無いし、貯金もそれなりにあるし、保険でそこそこお金も入ってくると思うから、まあ生活の方は何とかなるかなー、多分ね」

「私も仕事は楽しくやれてるし、まあ第二の人生だと思ってやっていくしかないよねぇ、ほんと、人生何が起こるかわかんないって本当だね」

「(彼女の方を見ながら)まあ、生活の事とか将来の事とかは、そんな感じでお父さんがしっかり準備していてくれていたから、何も心配ないから安心して。お母さんも寂しくないわけじゃないけどさ、正直、1ヵ月前くらいからこうなる事は想像していたし、最後にお父さんとも話を出来て覚悟は出来てるから、大丈夫だから」

「寂しい思いをさせちゃって本当申し訳ないけど、クヨクヨしていても仕方がないから、これからはお母さんと一緒に頑張ろうね」

彼女の母親の言葉は、最後の方は少し声が震えていた。

彼女はまた泣きそうになりながら、地面を見つめて頷いていた。

僕は夕食をつまみながら、相変わらず思い浮かばない、かけるべき言葉を探していた。

それからと言うもの、彼女と彼女の母親と一緒に過ごす時間が増えた。

少なくとも週に1回はどちらかの家で夕食を食べる日があり、すっかり彼女の父親が亡くなった悲しさも、知らぬ間に誰もが感じなくなっていた。

僕と彼女もまた一緒に話をしたり遊んだりする事が多くなり、両親達がお酒を飲みだすと、僕らは決まって僕の部屋でゲームをする事が定番の流れとなっていた。

また、彼女が僕と同じ大学へ進学した事もあり、ますます僕らは二人で過ごす時間が増えていた。

彼女とは小学校や中学校も一緒の学校だったけれど、学年が違うと中々一緒に行動をする時間も無く、たまにすれ違う時に少し言葉を交わす程度だった。

しかし大学となると学年の違いはさほど問題にならず、気が付けば昼食はいつも二人で食べる事が日課となっていた。

大学ではお互いに友人はいたのだけれど、どちらの友人も、彼女の事情や、僕たちの幼馴染という関係を知っている事もあり、特に昼食の時間に二人の時間を邪魔する人間はいなかった。

大学四年生の夏、僕は早々に就職先が内定した。

実家からもそう遠くない、それなりに有名な企業だ。

恒例となった夕食会では、僕の内定を祝って彼女の母親がケーキを作ってくれた。

食べきれない程に巨大なケーキだった。

その日もまた両親達はお酒を飲みだしたので、いつも通り僕らは、僕の部屋でゲームをして遊ぶ事にした。

僕の部屋に入ると、彼女は本棚に置かれた古い汽車のおもちゃに手をかけた。

「これ、懐かしいよね」と、彼女が言った。

「ああ、それね、僕のじいちゃんが昔くれた汽車のおもちゃ、まだ動くのかな?」

僕は汽車のスイッチを入れてみたけれど、汽車は動かなかった。

しかし、電池を入れ替えると、汽車の車輪は「ジーーー」っと音を立てて回り始めた。

僕が汽車を地面に置くと、汽車は真っすぐに壁を目指して走り出して、壁にぶつかると、コテンと倒れ車輪の音だけが部屋に響いた。

「すごい、これって結構丈夫なんだね」と、彼女が言った。

彼女は続けて話始めた。

「昔、すごく小さい時に初めてこの汽車で遊んだ時、私こういうおもちゃで遊んだ事が無かったから、壊してはいけないと思ってスイッチを入れられなかったんだ」

彼女は汽車を拾い上げて、スイッチを切った。

そして、もう一度スイッチを入れると、車輪がジーっと音を立てて回り始めた。

「あの日の事って覚えてる?私はね、実はすごくはっきりと覚えているんだよね」

「初めて人のお家にお泊りに行って、すごく不安だったんだけど、すごく楽しかったんだよね」

「お風呂も、家族以外の人と入る事が初めてだったから、すごく緊張した」

「お風呂の後で食べたいちごも、すっごく美味しくてね、突然思いがけず嬉しい事ばかりの一日になっちゃったから、何だか私は申し訳ないような気持になっちゃってさ」

「それで、この汽車のスイッチを入れるのも申し訳なくて、遠慮してたんだよね」

「でもね、本当は遊んでみたかったんだ」

彼女はそう言うと、車輪が回る汽車を地面に置いた。

汽車は真っすぐに壁を目指して走り、壁にぶつかるとコテンと倒れて、また車輪の音が部屋に響き渡った。

僕は汽車を拾い上げ、スイッチを切った後で、彼女に結婚して欲しいと伝えた。

彼女は、すごく驚いた顔をして、涙目になりながら、コク、コクと何度も頷いた。

その姿を見て、僕も涙が止まらなくなって、彼女を抱きしめた。

僕は彼女の事が好きだった。

幼い頃は、仲の良い友達だと思っていたけれど、中学生くらいになると、なんだか心がモヤモヤとするのを感じていた。

好きなのかもしれないと思うと、何だかとても恥ずかしい気持ちになって、だからあまり考えないようにしていた。

彼女のお父さんが亡くなってから数日の間、僕はずっと彼女の事を考えていた。

それから彼女と過ごす時間が多くなって、自分が彼女の事を好きだと言う事を、はっきりと認識した。

僕がプロポーズをした、その一ヵ月後、恒例の夕食会の最中に、僕は彼女のお母さんに、自分の想いを伝えた。

すると、彼女のお母さんはすぐに涙を流して、震える声で「うちの子を宜しくね」と言った。

僕の両親も、うっすらと涙を浮かべながら、ニコニコと僕らを眺めていた。

それから何年も何年も月日が経った。

僕と彼女はすっかりおじさんとおばさんになっていて、3人の子供も生まれた。

僕の実家と彼女の実家は、どっちがどっちの家なのかという認識も曖昧になる程に両家を行き来しており、子供の成長などに合わせて臨機応変に住む人達の配置変えが行われた。

僕は相変わらず、新卒で勤め始めた会社に通っていて、日々少しづつ変化はあるものの、毎日大して変わり映えの無い生活をしていた。

そんな生活を、正直、特別有難いとまで感じた事もないが、疑問や不満も無かった。

この街に生まれて、この家で育ち、奥さんとも幼い頃から一緒に時間を過ごしてきたから、それ以外の生活や人生なんて想像もつかない。

こんな人生を、他人がどう思うのかは知らないけれど、はっきり言ってそんな事、全く関心が無かったし、僕は今の生活に十分満足していた。

もしかしたら、今の生活以上に幸福感を感じられる人生というものがあるのかもしれないが、正直、全く興味が無かった。

毎日、両親や、奥さんの母親が楽しそうにしていて、子供たちも楽しそうに遊んでいて、何よりも奥さんが毎日ニコニコと楽しそうにしているから、それ以外の事柄に関心が向かなかった。

もちろん、今の生活はずっとは続かないだろう。

きっとお互いの両親が亡くなって、次は僕か奥さんが死ぬ番だ。

けれど、何も不安を感じる事は無かった。

僕は昨日も一昨日も、十分に満足できる一日を過ごした手ごたえがあるし、今この瞬間も、これ以上にベストだと感じる選択肢が浮かぶ気がせず、だから不満も無かった。

仮に彼女の父親のように、ある日突然、選ばれるべきでない家族の命が消えてしまったしても、自分は最善の選択をし続けられたという自信があるから、後悔なんてする余地が無い。

今日も、明日からも、その日一日を精いっぱい過ごす事だけが僕の目標だ。

自分に与えられた道を、ただ精いっぱい真っすぐ進む事だけが、僕の全てだ。

アートとは?

最近は全く作品を発表していないけれど、人知れず考案だけはしている。

けれど、考えても考えても、発信したいと思えるほどの作品を生み出す事が出来ないで今日に至る。

音楽などをやっている30~40代くらいの人と話をしていると「最近はどんな作品を見たり聞いたりしても、これはこれで良いと思えるようになった」という言葉を良く聞く。

それはとても理解出来るし、自分自身同感な部分は非常に多いのだけれど、アーティストの思考としては非常に良くないものでは無いかと感じている

とは言え、その言葉を言っている人に「何でもいいんですね?では、この楽曲(適当にセレクトしたもの)をあなたのデビュー曲として発表しようという企画が立ち上がったとしたら、それもいいんじゃないかなと心から言えますか?」と聞けば、恐らくちょっと待てという反応になるに違いない。

つまり、何でも良いと言いつつも、本当は何でも良くはなくて、自分には自分の確固たるこだわりのようなものが本当はあるのだと思う。

それは自分も同じで、若者から年寄りまで、色々な人の色々な作品や主張を一理あるなと感じていながらも、しっかりと自分自身の考えも持っているというのが本音だ。

その本音を探り当てる事こそが作品作りのスタートなのではないかと感じている。

では、自分の本音というか、作品作りにおける確固たる部分は何なのだろう。

色々な角度がありすぎて全てを言葉にする事は難しいのだけれど、端的に言えば、時代に左右されない程にポピュラーな人間の感情をアート作品として具現化したいというのが自分の中に大前提として存在している。

「 時代に左右されない程にポピュラーな人間の感情 」というのは、例えば愛する人と離れ離れになってしまって悲しいだとか、たった一人生きていく孤独が辛いだとか、漠然とした人生に対する不安であったり、他人と心を通じ合いたいという想いであったりとか、

多分、原始時代の人類と会話をしたとしても、そこまで大きくは相違いはしないであろう、人間の人間らしい純粋な感情を、アート作品として何らかの形で具現化をして、それを見たり聞いたりした時に、視聴者が自分の心の純粋な部分と共鳴して、悲しいんだか安心するんだか特定が難しいような複雑な涙が自然と出るような、そういった作品を作りたいという想いだ。

先日、ゴッホのヒマワリを美術館で見てきた。

結論から言うと、想像していたよりもずっと良い絵だと思った。

そもそもヒマワリという花は、明るく元気な印象とは裏腹に、寂しくて苦しいような表情も持ち合わせていると思う。

ただ文字で「 愛する人と離れ離れになってしまって悲しい 」とか「 たった一人生きていく孤独が辛い 」などと記載されるだけでは伝わらない、微妙な匙加減の複雑な人間の感情が、見事に絵画として具現化されているなと感じた。

人間の感覚というのは不思議なもので、「 愛する人と離れ離れになってしまって悲しい 」と言葉で説明されるよりも、絵画など抽象的な形で表現をされたほうが、より具体的というか、リアリティーをもって相手のイメージを受け取る事が出来ると思う。

また、同じ「 愛する人と離れ離れになってしまって悲しい 」という言葉だけをフォーカスしてみても、難民船から降り立ってボロボロになった人の口から、涙ながらに「 愛する人と離れ離れになってしまって悲しい 」と言葉で聞く場合や、古い喫茶店の片隅に置いてあったノートの隅に「 愛する人と離れ離れになってしまって悲しい 」と書かれていた場合など、そういったシュチエーションや環境なんかによっても、大きく言葉の印象は変わってくる。

だからアートは面白いし、奥が深いのだと思う。

音楽にしても、スッとドラムやベースの音が抜けて、寂しげなストリングスの響きの中で「 愛する人と離れ離れになってしまって悲しい 」という歌詞を歌うのか、それとも壮絶なクレッシェンドの果てで「 愛する人と離れ離れになってしまって悲しい 」と歌うのか、

また、それらの楽器の音色の僅かなニュアンスの違いや、ほんの少しのハーモニーの違いによっても、鮮明に作品の印象は変わってくる。

そんな繊細な感覚を扱う事がアーティストの仕事であり、絶妙にその感覚のバランスがとれた作品が名作と呼ばれるのだと思う。

今自分が生み出しているボツ作の多くに言える事は、どこかで他人や世間の評価を気にして、そんな幻の批評家達のご機嫌を伺うように、それとなく体裁を整えたような形になってしまっているせいで、それとなく格好がついているようで、全く心に響かない駄作となってしまっているように思う。

だからこそ、もっと自分の心に素直な作品を生み出したいと思うのだけれど、じゃあ自分の素直な心とは一体何?と自問自答してみても、いまいち明確な答えが見つからず、駄作が量産されている状態なのだと思う。

とにかくもっと素直になる事、幻の批評家達の言葉を恐れない事、加えて、あまり論理的説明的になりすぎず、直感的な作品作りも大事だと思う。

以上のように、しばらく日記を書く際は、あまり読者の気持ちを考えず、文章を整える事も無く、後で自分が見直したときに自分の軌跡を追える事を最大の目標くらいに、リアルな日記を更新していってみようと思う。

なので、つまらなかったら是非見ない方が良いと思うし、少しでも何か為になると感じた人は、どうぞ好きなように受信をして、好きなように何かに生かしてもらえれば、それは素直に嬉しい事だなと思う。

変化

最近、生活にまるで変化が無い。率直に言って非常に退屈を感じている。

しかし、一つ言えることは、自分が何も動き出さないから日常に変化が無いし、逆に動き出せばいつでも変化は起こせるのだと思う。

小さな一歩だけれど、明日もまた日記を更新してみようと思う。何か変化があるかもしれない。

格差と差別の無い社会

何も書きたい事が思いつかないのだけれど、何となくPCを触っていたらブックマークバーのブログのアイコンが目についたので、何かを書こうと思う。

最近はコロナウイルスと同時に、黒人差別に関する問題も連日ニュースになっている。

人間は、見た目や価値観が自分と異なるものを嫌う生き物だと思う。

子供の頃は、それがいじめなどの形で表現されやすいが、大人になるにつれて段々とその傾向は薄くなり、「色々な考え方があっていい」というような結論に至るわけだが、

なぜ、人間は本能的に自分と異なるものを拒むのだろうか?

そもそも生き物というのは、基本的に多種とは仲良くなれない。

弱肉強食の世界では、強い物は弱い物を食らい、弱い物は強いものに食らわれる。

そして、同じ力をもった者同士は対立する。

なぜ、生き物はそういった特性があるのだろう?理由は分からないが、きっと「必要だから」なのだろう。

基本的に動物たちが行っている事の中に「不自然」というものは存在しないはずだ。

不自然とは、常に人間が作り出すものだからだ。

それではなぜ、対立する事が必要なのだろうか。

世の中には弱肉強食というものがあるが、弱者には弱者なりの役目があり、強者には強者なりの役割というものがある。

弱者が常に劣っていて、出来る事なら強者のようになるべき、なのではなく、その弱肉強食のピラミッドのバランス感こそが最も大事なものなのだ。

それでも、弱者は強者を目指し、強者は弱者を阻むわけだが、その争いの結果、丁度良いピラミッドのバランス感が保たれるのだろう。

よって、社会的地位や経済力による格差であったり、人種による差別というものは、地球に生きる生命の性質としては極めて自然な姿だと思うのだけれど、人間はそれを認めない。

では、格差を均したり差別を無くすという事は、地球のルールに背く行為であり、誤りなのかと言うと、これは微妙な所だと思う。

これはまさに、人間対地球の一騎打ちで、どちらが強者になるかの争いなのだと思う。

格差や差別が無くなり、世界の人口が爆発的に増え、食料や水が足りなくなり、世界規模の戦争などが始まって人類が滅亡すれば、人類の負け。

格差や差別が無くなっても、人口の数をうまくコントロールし、水や食料だけでなく、教育等に関しても世界中の隅々まで満遍なく行き渡らせ、人工臓器や記憶保持装置などによって永遠の命を手にしても、人類が争う事もなく、互いに協力して文明を発展させ、更に豊かな生活を手にすることが出来たら、人類の勝ち。

つまり、人類の知能が自然を凌駕し平伏せる事が出来るか、という勝負なのだと思う。

人類は本当に恐ろしい生き物だ。

例えばネコなんかを何億匹集めてきても、結局どの個体もニャーニャーと鳴くばかりで、一匹の時と何らかの仕事の成果はまるで変わらないだろう。

しかし人類は違う、何億もの人間が手分けをして、様々な知識や技能を取得し、それぞれの役割を果たす。

地球上の人類を1つの生命体だと捉えた場合、人類は今の所約1000万年ほど生き延び、宇宙に行くことも出来るし、世界の反対側の人と会話する事も出来る。

車や電車の移動手段を生産整備し、音楽や絵画を作り、ありとあらゆる特技を備えた集団になった。

人類に限らず、これまでもずっと生命体は争いながら生活をしてきた。争うという事は自然界において基本的な行いで、非常に自然な事なのだと思う。

そういった争いを経て、魚類が両生類になり、爬虫類になり、鳥類になり、哺乳類になりと、その時代のピラミッドの頂点を生きる種族が代替わりしてきた。

そして、46億年の歴史の中で、ここ1000万年程の間トップなのが人類という事だ。

地球の46億年の歴史の中で見ても、ここ一万年の進歩は目覚ましいものがある。

人類は一万年前に農耕牧畜を始め、食料を自分たちで協力して生産するようになった。

それから様々な戦争なども何度も経て、様々な病気でも絶滅することなく、パソコンやスマホ等を開発したりして、現在の病気の感染度合いを24時間個人が観察できるほどにテクノロジーは発達し、今に至る。

そういった経緯を経て、「格差と差別の無い社会」という、これまでの生命が越えられなかった大きな壁を越えようとしているのだ。

果たして人類はこの壁を越えられるのだろうか、そして、これから訪れるであろう様々な自然災害などにも打ち勝ち、更に文明を発達させ、ついには地球を飛び出し、新たな土地の開拓という、次のステップに進めるのだろうか。

どちらにせよ、格差や差別と言った原始的で獣的な考えがいつまでも残っていたとしたら、人類は地球との一騎打ちに敗退し、いつかは滅亡してしまうだろう。

だから、私たちは勉強をしないといけないのだ。

本能に打ち勝ち、冷たい理性を手に入れて、何が正しいのかを的確に判断し、誰もが協力し、手を取り合って、スピード感をもって技術や知識を発展させなければならない。

街ですれ違う人も、世界の反対側の人も、人類は誰もが友達なのだ。

もっと良く勉強して、互いに力を合わせていかないといけない。

孤独は幻

孤独とは何だろう。

もし孤独というものがあるのだとしたら、孤独じゃない、不孤独といった状況もあるはずだ。

では、孤独じゃないという状況とは何だろう。

家族がいること?

恋人がいること?

友人がいること?

それは恐らく違うだろう、家族や恋人や友人が居ても、人生は孤独そのものだ。

なぜなら、人間は命を他人と共有出来ないからだ。

どれだけ肌を寄せても、痛みや恐れは共有する事が出来ない。

つまり、人は誰もが孤独であり、孤独じゃないという状況は存在しないのだと思う。

だから、自分は孤独だと感じることは幻なのだと思う。

自分以外の人間は孤独ではないのかもしれない、そういった恐れが生み出した幻だ。

そして、自分は孤独じゃないという認識も、また幻だ。

家族が居るから、恋人が居るから、友人が居るから、自分は孤独じゃない。

自分は孤独じゃないから、幸せだ。

だとか、そういった解釈の全てが幻だ。

では幻ではないこととは何なのか、それは見ての通りだ。

バッタやカエルは他の生命と命を共有しているだろうか。

当たり前だが、していない。

何百億だか分からないその命は全て例外なく、たった一匹孤立している。

種類問わず全ての生命が、この地球ではそうやって生きている。

孤独とは、生命体にとって極々当たり前の状況であり、それ以外の状況は存在せず、だから当然全く持って恐れるものではない。

孤独を恐れているのは、孤独そのものを恐れているのではなく、その目に確かに映る幻に恐れているのだ。

しっかりと目を凝らして良く観察すれば、簡単に見抜ける事だ。

その正体を見破った後で、改めて幻の陽炎を観察すると、それがいかに魅力的であり、人間の生活に欠かせないものなのかも分かってくる。

酒やドラッグを好むのと同じように、人間には適量の幻が必要なのだ。